2015年06月23日

平和の礎(いしじ)に思ったこと

今ごろ!と怒られそうですけれど、

沖縄慰霊の日のニュースを、例年になく、真面目に見聞きしました。


きっかけがありました。

一つは、NHKの「ドキュメント72時間」

 http://www4.nhk.or.jp/72hours/

ある場所を72時間にわたり取材し、

その様子、人々へのインタビュー等を紹介する番組。

先週の放送は、

沖縄県の国道58号線沿いの、アメリカンスタイルのドライブインが舞台でした。

沖縄らしい風景や食文化をたのしく見ていたのですが、

ハンバーガーを購入した女性に話を聞いている中で、

沖縄で起きたある墜落事故の話が出ました。

「その事故のことは知りませんか?沖縄で取材するなら、それぐらいは調べてきて・・」

沖縄の人が本土に対して持つある意識を、

ストレートに取材クルーへ投げかける言葉に、ハッとさせられました。




そして今日のテレビニュース。

それを見ていた父が、

平和の礎(いしじ)に「長野県の人の名前があった」と言う。

恥ずかしながら私は 「えっ、それって沖縄の人だけじゃないの?」

「本土から沖縄に行っていた日本軍とかもいるんだよ」 のようなことを言う父。




沖縄で、世の中の地獄を集めたような恐ろしい日々があって、

当時の沖縄の四人に一人に相当する人々が亡くなって・・

ということはよく耳にしていましたが、


その「沖縄戦」で、

日本各地の出身の人も、そして国外の方も

大勢亡くなっていたことに、恥ずかしながら、意識が及んでいませんでした。



平和の礎のこと、初めて調べてみました。

 *沖縄県営平和祈念公園サイト http://kouen.heiwa-irei-okinawa.jp/index.html

「国籍や軍人、民間人の区別なく、

 沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んでいる」 そうです。


 ここに名前が刻まれた方が約24万人、
  そのうち、
  沖縄の方が、約15万人、
  沖縄以外の日本の方が約7万7千人、
  アメリカ国籍の方が約1万4千人。

   長野県出身者も1,373人。
   北海道からは1万人以上も。

   *サイト掲載のデータは2010年でした。


そうだったんだ・・・

沖縄の話が、対岸の火事から、急に身近な話になったような、そんな感覚でした。



同じ日の昼、

店で流れていたラジオからは、「沖縄全戦没者追悼式」の生中継。

沖縄県知事の話には拍手、総理のときには野次がきこえたのは、

とても印象的でした。



そして夜、

普段は見ない「報道ステーション」の

日米地位協定に関する特集に、つい見入ってしまいました。

敗戦国としては日本と同じ立場のドイツやイタリアを取材し、

駐留米軍との関係が日本とはかなり違うというストーリーでした。



別の番組では、

沖縄へ観光に来ていた人へのインタビューを流していて、

「観光に来たのだから、戦争関係の施設は優先順位低い(から行かない)」と話していたこと。

(これはちょっとプロトタイプ的すぎて、首をかしげたくなるけれど)



普段は苦手な話題にふれて、

私にとっては、いつもの一日とは違うことを考えた6月23日でした。

じゃあこれからどうするの、私?



久々のブログ、とりとめのない長い話ですみません。




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Posted by ひがっしぃ at 23:58│Comments(0)日記
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